心のケアに対するフォーチュンの考え

 私たちフォーチュンJAPANでは、これまで多くの依頼者の相談を受けてきました。
 そのうちの大多数は、配偶者の浮気に悩む人々でした。
 夫婦間の微妙な問題であるがゆえに、親兄弟や友人にも相談ができずに一人ですべてを背負い、その重さに耐えかねてフォーチュンを訪ねてくる方がほとんどです。

 そんな誰にも言えない悩みを私たちに打ち明けて下さる相談者の心をいかにしてケアしていくか、それも私たちの大切な仕事の一つだと考えております。

心のケア 実例

 いかにして依頼者様との信頼関係を築いてきたか、どのように依頼者様を解決へ導くお手伝いをさせて頂いているのか、これまでの実例から紹介させて頂きます。

 以下に挙げる調査事例は依頼者様のご好意により公開についてのご了解を頂いておりますが、登場人物の名前や他の建造物・地名などの固有名詞についても仮名とさせて頂いております。


調査後
 調査は、報告書サンプルの通り、節子さんが偶然聞いた二人の会話内容から調査日を設定し、出張と言って家を出た一夫氏が東京で後藤麻子氏と落ち合い、不貞行為に及んだ証拠を取得し、終了しました。
 そして、調査後の山坂節子様からの相談を受け続け、アドバイスを送っていました。
 その経過は下記になります。
1.平成30年10月16日
 山坂様へ調査結果を報告。
 今後は、今回の調査で取得した証拠については触れずに夫一夫氏に対して9〜10日の出張に関しての話し合いをしてもらう事を皮切りに、一夫氏の動きや言い分を見聞きしながら対応していく事にしました。
※その話し合いの内容はICレコーダーで録音しました。
2.平成30年10月19日
 節子さんが一夫氏に対して話し合いを切り出す。
 一夫氏はあくまでも出張と言い張り、話し合いは物別れに終わった上、激昂した一夫氏が離婚を切り出すという結果になった。
※一夫氏が離婚を口にするというのは予想していた事であり、弁護氏との打ち合わせでも一夫氏が生活費を出さないと言い出したらすぐに婚姻継続費用(俗に言う別居手当)の請求を弁護氏名で一夫氏に送り、応じなければすぐに家裁へ提訴するという段取りになっていました。
3.平成30年10月20日
 弁護氏名で婚姻継続費用の支払い請求を内容証明郵便で送付する。
4.平成16年10月26日
 内容証明を受け取った一夫氏が弁護士へ連絡を入れる。
 自分に法的責任がある事を理解した一夫氏は月額15万円の支払いを検討する事を弁護士に口頭で約束する。
5.平成30年10月30日
 一夫氏が荷物をまとめて家を出ていく。
※節子さんは広島に転居して来て以来、腫れ物に触るような思いで一夫氏に接してきたので、一夫氏が家を出ていった事で、気持ちが楽になったそうです。
 後は、どう離婚を先延ばしにしながら一夫氏やその浮気相手である後藤麻子氏に対する慰謝料請求を起こすかになります。
6.平成30年11月10日
 弁護士から連絡があり、一夫氏と婚姻継続費用に関しての合意に達し、覚書を交わしたとの事でした。その要旨は下記の通りです。
  1. 一夫氏は節子さんとの離婚が成立するまで、毎月末日に月額15万円を婚姻継続費用として節子さん指定の銀行口座へ振込む。
  2. 一夫氏は節子さんとの離婚が成立するまで、ボーナス支給月の6月と12月には金10万円を増額し、婚姻継続費用の15万円との合算、25万円を節子さん指定の銀行口座へ振込む。
  3. 上記の条項に反し、一ヶ月以上支払いを滞納した場合は、遅延損害金を年利16%と定め、給与の差し押さえを受けても異議を唱えない事とする。
7.平成30年11月25日
 家裁より調停開始の通知が届き、12月20日に1回目の調停が行われる事が決定した。
8.平成30年12月7日
 弁護士事務所で節子さんと私も含めた3者で打ち合わせ。
※これ以後、調停日までの期間中、節子さんから毎日のように連絡を頂くようになりました。
 節子さんはこれまでの気持ちを張り詰めて過ごしていた一夫氏との同居生活から一転して親子3人での生活に変わり、精神的に過ごしやすい毎日を送っていましたが、調停日が近づくにつれて「夫が家に戻ってきたら」「あっさりと離婚が認められたら」など、将来への不安に襲われるようになっていたのです。
 私たちは聞き役に徹し、励ましながら調停の日を迎えました。
9.平成30年12月20日
 午前10時より調停が始まりました。
 もちろん一夫氏は離婚成立を強く主張しましたが、一夫氏が有責配偶者である事は当社の調査報告書で明らかとなっており、一夫氏の主張は退けられ、一夫氏は第1回目の調停にして申し立てを取り下げることになりました。
10.平成31年1月〜平成34年10月
 この間、節子さんはコンビニエンスストアでのアルバイトをやめて、ある会社の契約社員となり、その後正社員として登用されるまでになりました。
 そして高校を卒業した長女も無事就職が決まるなど、親子3人の生活は徐々に安定していきました。
 それにつれ、当初は毎日かかっていた電話もやがて2〜3日に1回というペースになり、このごろでは数ヶ月に一度近況報告を頂くほどになりました。

■関連項目